弁護士コラム

いじめ防止対策推進法・制度の正しい理解とカスハラの抑止のための談話

私は、三重弁護士会の推薦を経て、今年の4月15日から三重県いじめ調査委員会委員に任命され、委員長を拝命している。三重県いじめ調査委員会は、条例設置の附属機関であり、学校で発生したいじめ重大事態について、学校の調査結果に対する再調査・審議を行う役割を担っている。

本日、R8第2号事案の第1回委員会が開催されるが、この機会に、あくまで一委員(長)の所感という位置づけではあるが、報道機関向けに談話を公表する。いじめ防止対策推進法・制度の趣旨を正しく理解してください、子どもの権利・利益のためにも保護者カスハラは絶対にダメですよという話である。
教育現場の疲弊を招き、教育分野に関心のある弁護士・心理士の間でも問題視されているが、
国のこれまでのいじめ防止対策推進政策では光を当ててこなかった部分で、一種のタブーのように扱われている感もあるが、いつまでも避けていてよいものではなく、問題提起することとした。

公表した談話全文は以下のとおりである。

 

いじめ防止対策推進法・制度の正しい理解とカスタマーハラスメントの抑止のために(委員長個人談話)

全ての学校教育関係者・生徒・保護者の皆様

第1 はじめに
1 法令上の「いじめ」とは、学校で集団生活を送る生徒同士が衝突し、心身の苦痛を感じる事態が生じたことをいいます。多感な時期に人間関係の問題を抱える生徒を教育することは、決して簡単なことではありません。
学校・教員と保護者が適切な役割分担と協力をしなければ、問題の解決に向かいません。
2 ごく一部の保護者ですが、自分の子どもが心身の苦痛を感じたことへの怒りの余りか、学校・教員・他の生徒に対して、社会常識に照らして行き過ぎた要求をしている事例が散見されます。これまでの国のいじめ防止対策推進政策では、心身の苦痛を感じた生徒と保護者を同列に扱い、被害側に寄り添うという方針の下、保護者の行き過ぎた要求の問題に向き合ってこなかった印象があります。
 しかしながら、近年、カスタマーハラスメント(カスハラ)により就業環境が害される事態が社会問題になっており、対策が強化されています。
 教育現場も例外ではなく、教職員の就業環境が害される=子どもの権利・利益を著しく損なうという特徴があり、速やかな対策が求められます。
3 いじめ防止対策推進法・制度の正しい理解を前提に、いじめ防止対策の場面でのカスハラに対する問題意識を持っていただきたく、談話を公表することといたします。
 この談話は、今日のいじめ防止対策推進の実務に関する一般的な問題提起であって、現在三重県いじめ調査委員会に係属している再調査事案を念頭に置いたものではありません。
 また、あくまで一委員(長)の所感であり、委員会の議決等を経たものではないことにもご留意ください。

第2 いじめ防止対策推進法・制度の正しい理解を
1 「いじめは決して許されない」「何があろうともいじめはやった方だけが悪い」という考え方は、教育理念としては正しいです。しかし、いじめ防止対策推進法・制度における「いじめ」の捉え方は、そのような単純なものではありません。
 ある生徒が主観的に心身の苦痛を感じる出来事があった場合を「いじめ」と定義しています。集団暴行のような決して許されない言動もあれば、約束を守らない友人を注意したら傷ついたとか、遊びの約束を断って寂しい思いをさせた、好きな人にフラれて辛かったといった、およそ非難の余地のない言動も「いじめ」に当たります。
 「いじめ」を広く捉えているのは、学校が早期に介入して問題の深刻化を防ぐための概念だからであり、相手の生徒や学校の責任を追及するのが目的ではありません。
全ての生徒は等しく権利・利益を有しており、ある生徒が主観的に心身の苦痛を感じる出来事があったという一事をもって、直ちに相手の生徒の言動を悪いことだと決めつけて、行動を制約したり、不利益を課したりできるものではないのは当然です。
2 法令上の「いじめ」に当たる事象を説明するときには、「いじめ」という用語を用いるのではなく、「生徒が心身の苦痛を感じる出来事」といった用語に置き換えると、スムーズな理解につながります。
 生徒が心身の苦痛を感じる出来事が発生した場合、そこに至る背景や経緯、人間関係等を確認した上で、心身の苦痛を感じるに至った原因・課題を抽出して、心身の苦痛を感じた生徒、相手の生徒の双方を支援・指導するのが、いじめ防止対策推進法・制度の趣旨に則った対応です。
 相手の生徒の言動が社会常識に照らして非難に値する場合、相応に厳しい懲戒がされるのはいうまでもありません。

第3 いじめ防止対策の場面での保護者の役割について
 自分の子どもが心身の苦痛を感じる出来事があった場合、保護者から学校に情報提供し、適切な対処を申し入れることは、問題の早期発見のためにとても重要かつ有意義なことです。保護者からの申立ては、学校が知り得ない極めて重要な情報である可能性があります。
 しかしながら、自分の子どもが心身の苦痛を感じる出来事があったからといって、どんな要望でも受け入れられるものではありません。いじめ防止対策推進法・制度の趣旨の正しい理解を前提に、社会常識に照らして相当な内容・手段・態様で行う必要があります。
 保護者の立場からは、自分の子どもの訴えに傾聴しつつも、大人としての俯瞰的な視点から、相手の生徒や学校に対して要望できることとできないことをきちんと区別して冷静に対処し、子どもに理解させることが求められます。

第4 カスハラの抑止と具体的な事例
1 自分の子どもが心身の苦痛を感じる出来事があったと訴える場面であっても、保護者の言動の内容・手段・態様が社会常識に照らして相当な範囲を超えており、教職員の就業環境を害する場合、カスハラに該当します。
 令和7年6月に労働施策総合推進法が改正され、令和8年10月に施行されます。三重県は、カスハラ防止条例の検討を進めており、令和8年6月に雇用経済部から最終案が公表されました。
 これらの制度が整備されると、学校は、教職員の就業環境を保護するために、カスハラ抑止のための措置を取る責務あるいは努力義務を負うこととなり、三重県も、必要な啓発・教育・助言等を行う責務を負います。
 いじめ防止対策の場面で保護者からのカスハラがあった場合、保護者がルール違反をしているのはもとより、学校が、「いじめを訴えているのだから仕方ない」とか「被害生徒の保護者(カスハラ加害者)に寄り添う」などといって、カスハラを容認・黙認したり、現場からカスハラを排除するための具体的措置を取らなかった場合、学校がルール違反をしていることになります。
 三重県も、学校に対して、「いじめを訴えているのだから仕方ない」とか「被害生徒の保護者(カスハラ加害者)に寄り添ってください」といった立場を取り、現実に起きているカスハラの問題と向き合わなければ、やはりルール違反をしていることになります。
2 ただし、カスハラへの対処が保護者の正当な要望を阻害することはあってはならず、線引きの問題が出てきます。
 私がこれまでいじめ防止対策に関する業務に関わった経験を基に、カスハラに当たる可能性が高いと考える事例と正当な要望と考える事例を別紙にて紹介します。

第5 カスハラは子どもの権利・利益を著しく損なう結果になること
1 一般的なカスハラ対策は、就業者の就業環境を保護するためとされていますが、いじめ防止対策の場面での保護者のカスハラは、教職員の就業環境だけでなく、子どもの権利・利益を著しく損なうという問題があります。
 生徒が心身の苦痛を訴えた場合、学校・教員は、教育の専門家として、生徒の権利・利益を守るためにどのような方法で支援・指導するのが最善かを考えます。組織的対応の重要性も度々指摘されています。
 しかし、カスハラがあると、不当な要求をいかに抑止・排除するかという検討に時間と労力を割くことになります。生徒への支援・指導の充実に充てられるべき限られた教育資源を、カスハラ対応に費やすことになります。
 また、カスハラにより教員の就業環境が損なわれれば、教育の質が低下します。カスハラを受けて精神的に疲弊している教員から授業や部活動の指導を受けている様子を想像してみてください。
2 そもそも、保護者が学校に行き過ぎた要求をすることを、子ども本人が望んでいないことも少なくありません。保護者が子どもを置き去りにして、冷静さを欠いて学校に行き過ぎた要求をしている状況では、子どもが保護者に対して、本心を述べられる家庭環境にない可能性が高いです。
 子どもは、学校・教員に、カスハラ対応ではなく、自分自身への支援のために時間をかけて、人間関係を回復して安心して学習できる環境を作ってほしいのではないでしょうか。
いじめ防止対策は、「子どもの意見表明権」(子どもの権利条約12条)を出発点に、心身の苦痛を受け止め、子どもの意見や立場を尊重しながら、どのような対応をするかが重要です。
カスハラは、いじめ防止対策のあるべき姿とは真逆の言動であり、自分の子どもの意見表明権をも侵害します。
3 こうしてみると、カスハラ対策は、教職員の就業環境を保護するだけでなく、心身の苦痛を感じた生徒、相手の生徒、学校に在籍するその他の生徒の権利・利益を保護するために必要不可欠です。
いじめ防止対策とカスハラ対策は、決して切り離すことができない関係にあることがわかります。

令和8年6月30日

三重県いじめ調査委員会

委員長 村林 優一(弁護士)

 

別紙

私が見聞きした実際の事例を参考に、事案の本質を損なわない程度に改変した架空の事例です。

事例1(カスハラ)

 生徒Aは、部活動において、裏方・マネージャーの役を担う部員やレギュラーメンバーに選ばれなかった部員を見下すような発言が目立った。他の部員は、チームの輪を乱す言動に嫌気が差し、Aと極力関わらないようにしていた。
 生徒Aは、仲間外れにされたと感じ、教員と保護者にいじめ被害を訴えた。教員は、Aの言い分を傾聴しつつ、A自身の軽率な言動やコミュニケーション能力にも課題があると考えた。
 ところが、Aの保護者は、学校に対して、他の部員はいじめの加害者なのだから退部処分にして、顧問教員も管理責任で解任するよう要求した。
 学校は、事案の内容に見合わない不利益を課すことはできないことを説明したが、Aの保護者は、「被害者に問題があるとは何事か。」「学校はいじめから子を守る義務があるのだから、今すぐ加害者を部活動から追い出せ。それをしないなら、こんな学校は知り合いのマスコミを動員して潰してやる。」などと怒鳴りつけた。

事例2(カスハラ)

 生徒Bは、空気が読めないとして、他の生徒から暴言や嫌がらせを受けることがあった。担任教員の対応にも不手際があった。
 学校は、事案を調査して、担任教員の不手際を認め、管理職教員と担任教員とで、B及び保護者に面談・謝罪の場を設けた。Bの保護者は、謝罪の様子を無断で録画していた。Bの保護者は、管理職教員に退席を求め、B本人・保護者で担任教員を取り囲んで会議室から出られない状態にした上で、無断録画した動画を、担任教員個人のアカウントからSNSにアップロードするよう強要した上、法的責任を超える高額の金銭を担任教員個人が負担する旨記載した念書に署名するよう要求した。

事例3(正当な要望)

 生徒Cは他の生徒から嫌がらせを受けていて、Cの保護者は、担任教員の対応に不満を持っていた。Cの保護者は、学校に対して、担任教員の対応がおかしいので校長と面談させてほしいと申し出た。学校は、いきなり校長との面談が適当とは考えないが、生徒指導主事との面談を提案し、Cの保護者はこれを受け入れた。
 Cの保護者は、生徒指導主事との面談に先立って、Cが受けている嫌がらせの内容やその経緯を、時系列に沿って具体的に記載したメモを作成した。メモは、事実と意見・要望を区別して記載し、主語の漏れがないなど、読み手のわかりやすさを意識して作成した。
 面談では、メモがあったこともあり説明がスムーズに進み、45分程度で終了した。Cの保護者は、担任教員への不満を述べることはあったが、声を荒げて誹謗中傷することはなく、終始冷静に説明した。
 生徒指導主事は、校長らで構成するいじめ防止対策組織にメモを共有し、組織的に対応することを約束した。