刑事弁護における供託
供託のすすめ
窃盗等の財産犯においては、被害弁償・被害回復が量刑上かなり重視される。犯情か一般情状かでいうと、一般情状に入ると考えられるもの、量刑への影響という点では、犯情に匹敵する。
被害額が100万円を超える場合、前科がなくても、被害弁償の有無・程度が、実刑か執行猶予かを分ける可能性も高い。
被害弁償は、財産犯の情状立証のための最も重要な弁護活動の1つである。
被害者側に被害弁償を申し入れたものの拒否された場合はどうするか。
私は供託一択である。中には、被害者側の意向に反してまで供託をすることに抵抗があるという話も聞く。
しかし、前記のような財産犯の犯罪類型に照らすと、被害者側の処罰感情等と財産上の被害回復では、後者の方が量刑上重要と考えられる。
私は、財産犯の場合、宥恕文言や嘆願書を取ることよりも、弁償金を受領していただき、可能ならば私法上の和解(清算条項)を成立させることを優先している。無論、前者が得られるに越したことはないが。
私の経験(弁償を拒否されて供託もしなかったことはないので、見方が偏っているが。)や裁判例を調べる限り、被害者側に拒絶された場合に、被害弁償を断念して、報告書を出すなり贖罪寄付をするなりするよりも、供託をして、取戻請求権を放棄する方が、量刑判断は有利に働くという感覚である。
被害者側の視点でみても、悪い話ではないと考える。確かに供託時には被害者側の意向に反しているといえるものの、実際に供託をして取戻請求権を放棄した場合、被害者側は、将来にわたって、何時でも供託金の払渡しを受けることができる地位を得る。被告人の刑事裁判が終わるまでは処罰感情が峻烈であっても、時間が経てば、財産上の被害回復を受けたいと考えが変わることもあるだろう。被害弁償も供託もなく刑事裁判が終わってしまうと、元被告人が被害弁償をする動機付けがなくなってしまい、後から賠償を求めても応じてもらえないという事態に陥る可能性がある。
財産犯以外でも、供託は有意であるが、供託によって財産上の被害回復がなされるとはいえない場合は、すべきではないだろう。
例えば、殺人や不同意性交致傷のような事件で、弁償を拒否している被害者に10万円を供託をしても、被告人に格別有利に酌むことはできないのは自明である。
(そもそも、民事上も有効な供託をなしえないだろう。)
なお、供託金取戻請求権の放棄は、これをしないと、元被告人が、刑事裁判の判決が確定した後、被害者側が払渡しを受けていないのをいいことに、(被害回復を前提とした)有利な判決を得ながら、取戻請求権を行使するという姑息なことができる。
当然裁判所もこのことを知っている。私が供託をして取戻権放棄をした事案では、必ず量刑の理由で取戻権放棄にも言及されている。放棄の有無がどこまで量刑に影響しているかは不明であるが。
供託の方法
参考(取り分け、新規登録弁護士向け)のために、供託の方法も書いておく。
管轄は、義務履行地を管轄する法務局である。被害弁償を不法行為債務の履行と考えると、被害者の住所地になる。
供託申請は、法務局の窓口で供託書(OCR)を作成する方法以外に、郵送による申請も可能である。しかし、補正指示が出たときに、何度も郵送でやり取りするのは時間と手間がかかるので、私は、登記・供託オンラインシステムを利用している。
登記・供託オンライン申請システム 登記ねっと 供託ねっと (moj.go.jp)
申請者登録をして、IDを取得しておけば、ネットから簡単に供託申請ができる。
弁護人が供託者(被告人)の代理人として、供託手続きをすることは可能である。しかし、委任状を法務局に提出する必要がある。供託の委任状の記載事項は、結構複雑で面倒くさい(不備があればこちらも訂正を余儀なくされる)。
そこで、私は、代理人として供託手続きをせず、本人による供託の形をとっている。供託書の供託者の欄に代理人を併記しない。ただし、申請のためのオンラインシステムの操作は私が行っており、法務局からの補正指示等も事務所に連絡してもらえる。ただし、供託書は、供託者(被告人)本人の住所に送付されるため、これを証拠請求する場合、被告人に持ってきてもらう必要がある。
供託原因は受領拒絶(民法494条1項1号)であるが、弁済の提供をする必要がある。
被害者の住所に赴いて現実の提供(民法493条本文)をするわけにはいかないので、あらかじめ拒否した被害者に受領を催告する(同但書前段)方法を取る。被害者に弁償を申し入れて、断られたらもう一度受領を催告する必要があり、正直気が引ける手順ではある。例えば、電話で弁償を断られた場合、同じ電話「遅延損害金を乗せても難しいですよね。」とでも返答して、2回受領拒否されたという体裁にしている。
供託書の記載例も掲載しておく。
法令条項
民法494条第1項第1号
供託の原因たる事実
供託者は、令和5年1月1日、被供託者の運営する津市●●所在の「●●店」において、商品棚から●●(販売価格合計5万円)を窃取し、被供託者に5万円の損害を生じさせた。
供託者は、被供託者に対し、令和5年3月13日、損害賠償債務の支払いを申し出たが拒絶されたため、同日、改めて、被供託者に対し、損害賠償額5万0296円(不法行為の日の令和5年1月1日から同年3月13日までの年3分の割合による遅延損害金296円を含む。)の弁済を申し出たが、その受領を被供託者から明白に拒絶されたため供託する。
備考
通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第3条第1項
供託者は供託金取戻請求権を放棄する。