私立小学校・中学校の出席停止命令 その2
2月17日のコラム(私立小学校・中学校の自宅待機措置・出席停止命令 その1 – 村林法律特許事務所 (murabayashi-ltm.jp))の続きで、裁判例を紹介する。
東京地判令和5年4月10日(令和3年(ワ)第15581号)である。なお、確定したか否かは確認していない。判決の内容をみるに、被告(学校側)が控訴していてもおかしくない。
退学処分の適法性に関する裁判例は多いが、私立中学校の自宅待機措置の根拠や要件、適法性について明記した例は珍しいのではないか。参考にしたい。
なお、退学処分は違法という結論を採っている。証拠を見ていないので、判決文を読んだ限度ではあるが、私は、かなり違和感がある。
同級生とのトラブルや規則違反は正直軽微といってもいいように思えるが、私立学校での授業妨害はもっと重くみてもいいのではないか。
代理人を通して二度としないから最後のチャンスをと誓約書を作ったというが、入学以降度々注意を受けて反省・改善の機会が与えられるのに継続して非違行為に及んでいたようだし、訓戒処分の発令や、退学を念頭においた指導を前置しなければ、退学処分ができないものではないだろう。
もっとも、中学卒業まであと4カ月程度であり、系列高校への内部進学もしない意向だったという点が考慮されたのかもしれない。
事実関係
事案の概要
被告中学校の校長が、当時3年生の生徒であった原告に対し、度々他の生徒とのトラブルを起こしたり円滑な授業を妨げるような態度を取ったりしたことを理由に、進路変更を勧奨して自宅待機を命じた上、原告が進路変更に応じなかったことを踏まえて退学処分をした。
原告は、被告中学校を設置する学校法人を相手取り、被告中学校が自宅待機を命じた上に学習支援をしていないことは実質的な退学処分であり違法である、被告中学校の校長がした退学処分はその裁量を逸脱して違法である、と主張して不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起した。
生徒の素行
・1年生の時、同級生の金銭の貸し借りをめぐってトラブルになった上、同級生を竹の熊手で叩く、首にかかっていたタオルの先の2箇所をつかんで後方に引っ張るなどの暴力行為をして、担任及び学年主任から保護者と共に注意を受けた。
・その後も、同じ同級生に対する悪口を言って教員から注意を受けたところ、「暴力はしないと言ったが、悪口を言わないとは言っていない」などと発言した。
・2年生の時には、同級生に対して「死ね」「だるい」などと発言する、携帯電話の使用ルールを守らない等の問題行動があり、教員に注意されたり、反省文を提出したりした。
・3年生の9月には、他の生徒の椅子に瞬間接着剤で下敷きを貼り付けたため、担任から注意を受け、保護者に対しても報告された。これに対して、原告は、今後二度としない旨の返事をし、保護者は、原告と話し合う旨の返事をした。
・1年生の時から、一部の授業において、開始時間に遅れて行く、授業中に席の近いクラスメイトと話をする、鼻歌を歌うなどといった行為を度々しており、その都度教員から注意されていたが、反省していないと受け取られるような態度を取ることもあった。
・他の生徒の中には、教員に対し、原告を含む数名の生徒の言動についてなんとかしてほしい旨の要望をしたことがあった。
・3年生の家庭科の授業では、原告を含む複数の生徒が、授業中に立ち歩いたり、雑談したりするなど、授業の内容とは関係のないことをすることがあった。
・7月には教室に入った家庭科教員に向かってスライディングをした上に、配付されたプリントを4等分に破り、注意した家庭科教員に対して「家庭科なんてやらなくていいと親に言われた」と発言した。
・7月の別の日には、家庭科教員が教室に入ろうとした際に、教室の内側から扉を押さえた。
・10月には、家庭科の授業中であるにもかかわらず、立ち歩いたり、バスケットボールを手に取ったりし、本件家庭科教員が注意をしたところ、原告と一緒に立ち歩いていた同級生が「先生って友達いるんですか。」と発言した。
・家庭科教員は、その日の授業中に倒れ、自律神経失調症、不安障害及び適応障害と診断された。
退学勧告・自宅待機
・家庭科教員が倒れた事件の報告を受けた被告中学校の校長は、原告への進路変更勧奨を提案した。
・教頭らは、10月31日、原告と保護者に翌日以降登校しないよう求める旨の自宅待機を要請するとともに、進路変更勧告を行った。
・教頭は、進路変更を受け入れなければ退学処分をすることを示唆した。
・原告は、11月1日以降、被告中学校に登校せず、被告中学校は、原告が登校しない期間、原告に対し、学習に対する支援等を行わなかった。
・原告は、11月30日、代理人を通じて、進路変更には応じない旨を回答するとともに、原告が今後一度でも授業妨害行為等他の生徒や教諭に悪影響を及ぼすような行為を行った場合には自主退学をする旨の誓約書を作成して提出すること、被告の設置する高等学校に進学することはせず、別の高校を受験することにすることを申し出た。
・被告中学校は、12月5日に職員会議を開催し、原告のクラスを担当していた教員らから意見を聴いた上で、原告に対する退学処分を全会一致で決定した。
・校長は、原告及び保護者に対し、12月5日付けで退学処分を通知した。
争点
・被告中学校が原告に自宅待機を要請した上、学習支援をしなかったことは実質的な停学処分に当たり違法か。
・被告中学校の校長がした退学処分は、裁量を逸脱して違法か。
裁判所の判断
私立中学校の自宅待機措置・出席停止命令は許され得るか?
・私立中学校の校長は、学校教育法11条、同法施行規則26条に基づき、生徒に対して懲戒処分を行うことができる。
・生徒の教育を受ける権利を保障する趣旨から、懲戒処分のうち停学を選択することはできない(同条4項)。
・自宅謹慎、出校停止等の実質的に停学に当たる措置も許されないと解される。
・公立中学校については、同法49条が準用する同法35条が、市町村の教育委員会は、同条1項各号のいずれかの行為を繰り返し行う等性行不良であって他の生徒の教育に妨げがあると認める生徒の保護者に対して、同条2項から4項に定めた手続等を経た上で、当該生徒の出席停止を命ずることができる旨定めている。
・これらの規定は、私立中学校については定めていないものの、学校の秩序を維持し、他の生徒の義務教育を受ける権利を保障する趣旨に鑑み、懲戒処分としての停学が許されていない私立中学校においても同様の措置を講ずることが許されるというべきである。
・原告の授業態度が授業の開始や円滑な進行に支障をきたしていたと認められることも踏まえると、本件自宅待機要請は、原告に対して制裁を科す趣旨でなされたものではなく、学校の秩序を維持し、他の生徒の教育を受ける権利を保障するためになされたものと解される。
・したがって、被告中学校は、学校教育法35条に規定する出席停止と同様の措置として、自宅待機要請を行ったものと認められる。
私立中学校の自宅待機措置・出席停止命令が許される条件は?
・学校教育法35条4項は、市町村の教育委員会は、出席停止の命令に係る生徒の出席停止の期間における学習に対する支援その他の教育上必要な措置を講ずる旨を規定している。
・義務教育課程の中学校において停学が許されない趣旨が生徒の教育を受ける権利を保障する点にあることに鑑みると、私立中学校においても、出席停止と同様の措置を行うためには、原則として、当該期間中に学習支援等の教育上必要な措置を講ずる必要があるというべきである。
・被告中学校は、自宅待機要請を行った10月31日以降、原告に対して何らの学習支援等を行っていない。
・被告は、原告に対して学習支援を行わなかったのは、11月5日に原告の居住地学区の公立中学校から被告中学校に対して原告の転入手続について連絡があったことから、原告が進路変更勧奨を受け入れる意向であると認識したためであるなどと主張する。
・しかし、仮に原告が進路変更勧奨を受入れる意向であったとしても、実際に退学するまでは原告は被告中学校の生徒であるから、被告中学校において学習支援等を行うべきであったといえる。
・自宅待機要請は、実質的な停学処分に当たるものとして違法である。
退学処分は行き過ぎか?
・原告は、一部の授業において、時間に遅れて行く、授業中に席の近いクラスメイトと話をする、鼻歌を歌うなどといった行為をしており、これらの行為は、授業を時間どおりに開始して円滑に進める上で支障となる。
・原告は、家庭科の授業において、授業中であるにもかかわらず立ち歩く、他の生徒と話をする、授業に必要な物品を破損するなどといった行為を繰り返しており、原告を含む複数人の生徒の行為によって円滑な授業の実施が困難な状況であった。
・これらの原告の授業中の行為は、原告以外の他の生徒の学習を妨害するものと評価することができる。
・原告は、同級生に粗暴な行動を取ったことがあるほか、スマートフォン等の取扱いについてのルールに度々違反している。
・しかし、本件中学校は、原告本人への口頭の注意、原告の保護者への連絡が数度されているほかは、原告の親との面談も学校全体で行われる通常の個人面談のみであり、その際も進路変更の勧奨や退学処分が行われるとの具体的な可能性を示した指導が行われたとは認め難い。
・被告中学校は、これまで原告に対して懲戒処分としての訓告を下したことはない上、家庭科教員が倒れるまでの間に、原告に対して進路変更を勧奨すべきか否かという検討がされたことさえなかったのであり、進路変更の勧奨や退学処分に至る具体的な可能性を前提とした注意や指導は行われていなかった。
・退学事由はそれぞれ単体としてみれば比較的軽微なものともいえること、原告はこれまでに懲戒処分を受けたことがなかったこと、今後授業妨害等をした場合は自主退学する旨の誓約書の提出を申し出ていたことなどが認められる。
・原告は当時中学生であり可塑性が高かったとみられる。
・校長は、退学処分を検討するに当たり、懲戒としての訓告処分を前置するか、又は退学処分が下される具体的な可能性がある旨を相応の立場の教員から示した上で注意や指導を改めて行うなどして、原告に対してこれまでの授業や学校生活における態度を改める機会を与えるべきであった。
・退学処分は、校長の裁量権の範囲を逸脱した違法なものである。