費用対効果より成果
受任した事件の中には、成果(依頼者にとっての利益)を追求すれば赤字になるという事件もある。私は一弁護士であると同時に経営者でもある。事件単体でみれば赤字というのは、経営にとってはよくない。しかし、私の事件処理に対する方針からは、費用対効果より成果を追求することは譲れない。
後遺障害がなく傷害のみの交通事故事案である。依頼者には人身傷害保険が付帯されている。※1
人的損害 100万円(訴訟基準)
過失割合 -40万円(40%)
損益相殺前 60万円
自賠責保険 -50万円
損害額計 10万円
※1 人身傷害保険の基準は50万円
① この事案、訴外示談をすれば、自賠責保険金を除いて依頼者が受け取れる金額は、相手方からの賠償金10万円だけである。
② 他方、訴訟を提起して同じ内容の和解又は判決を得ると、依頼者が受け取れる金額は、自賠責保険金を除いて、相手方からの賠償金10万円+人身傷害保険金40万円=計50万円になる。これにより、訴訟基準の人的損害100万円が全額填補される。(訴訟基準差額説)
ところで、弁護士特約の支払限度額に基づくと、弁護士報酬は次のとおりになる。※2
まず、事件処理に着手したタイミングで着手金が10万円
その後、①の場合には、自賠責分3万円+報酬金1万6000円=4万6000円
②の場合には、訴訟着手金5万円+自賠責分3万円+報酬金1万6000円=9万6000円である。
依頼者の手元に残る金額が②の方が断然多いのに弁護士の報酬金が変わらない理由は、相手方からの賠償金が10万円で変わらず、読み替え規定による人身傷害保険金の増加分は経済的利益に算入されないからである。②の方が圧倒的に労力がかかるが、上積みはわずか5万円である。しかも、損益相殺前の損害額が争われて100万円よりも減額されれば、微々たる報酬金1万6000円はさらに下がる。下手すると、相手方が負担する賠償額が自賠責保険金により填補済みとして請求棄却ともなれば、報酬金も0円である。
それでも、依頼者にとっての成果が②の方が断然上であれば、迷わず②の方針を推すのが私のスタンスである。当たり前のことかもしれないが。
※2 旧LAC基準の着手報酬金制。現在は、LAC基準の着手報酬金制は、最低報酬金が20万円になっているので、23万円の報酬金が得られる。東京海上系列の弁特は、LAC協定はないが、自社基準で最低報酬金20万円で、自賠責部分の手数料制もない。ただし、タイムチャージ制は不可。SBI損保・アクサ損保は、LAC協定がなく、最低報酬金・タイムチャージ制いずれの設定もない。
※3 訴訟により人身傷害保険金が増額した部分は弁護士特約からの報酬対象外であるが、別途人身傷害保険金の一定割合を報酬とする旨(依頼者の自己負担)、依頼者と合意する方法もある。ただ、私は、弁護士特約のある方は自己負担ゼロで全て処理できます、と謳っているのでその方法は採ったことがない。