保険会社から治療費の支払いを打ち切られたら
交通事故でむち打ち・捻挫・打撲等を負い、加害者の保険会社の負担でリハビリ通院を続けてきたが、保険会社からそろそろ治療の打ち切り・通院終了をという話が来ている。当事務所もそのようなご相談を受けることが多い。
保険会社への不満が生じがちな上記のケースにおいて、被害者の立場で、対応方法を検討する。
症状固定までの治療費を請求できる
交通事故による怪我の治療費は、必要かつ相当な実費全額を請求することができる。
請求できる治療費の期間は、原則、事故から症状固定までの分である。
症状固定とは、「傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても、その効果が期待し得ない状態で、かつ、残存する症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達したとき」をいう。
すなわち、これ以上治療を継続しても改善が期待できないという医学的判断がなされると、症状固定に至ったと評価される。それ以降の治療費は、請求することができないのが原則である。
症状固定後に残存した障害は、後遺障害の認定及びそれにかかる損害の問題となる。(後遺障害非該当と判断されてしまうと、症状が残っているのに、治療費も後遺障害にかかる損害も請求できないという辛い立場になるが…)
治療費打ち切りを阻止するのは難しい
むちうち等の神経症状の場合、事故の規模や治療内容にもよるが、保険会社は、事故から3カ月から6カ月程度が経過すると、治療費の打ち切りの話を出してくることが多いようだ。
ここで、被害者の抗議はもとより、弁護士を代理人として介入させても、保険会社による治療費の打ち切り自体を阻止するのは難しい。(依頼を受ける弁護士としては心苦しいところである。)
なぜなら、怪我の原因が交通事故であろうと、治療費は、被害者が病院に支払うのが原則であり、保険会社から直接病院へ内払いし、被害者の窓口負担をさせないというのは、保険会社のサービスであって法的義務ではないからである。
もとより、慣行に照らしてあまりに不合理な判断をするようならば、ある程度の対抗策はあるものの、被害者が保険会社に治療費の内払いを権利として要求するのは難しいというのが現状である。
治療費打ち切り≠症状固定
注意点は、保険会社による治療費の打ち切りと症状固定はイコールでないということである。
症状固定は医学概念であり、患者を直接診る主治医の判断が一次的に尊重されるものであって、保険会社の担当者が判断することではない。(担当者には、「もう症状固定になったので…」などと放言する●●もいるが。)
保険会社から治療費の打ち切りの話が来たとしても、被害者は、症状が改善する可能性があるか、通院を継続すべきかどうかを、医師と相談すべきである。
ただし、保険会社に内払いを要求できない以上、被害者は、打ち切り後には、一旦自身の健康保険等を使用して窓口で治療費を支払う必要がある。
症状固定までの治療費は後に請求できる
被害者は、一旦窓口で治療費を支払う必要があるが、後に打ち切りから症状固定までの分を請求できる。
症状固定に至ったか否かは主治医の判断が一次的に尊重されるが、訴訟等の場面では絶対的とはいえず、症状の推移や治療内容、通院経過等を考慮して、主治医の判断の合理性が問われる。
被害者としては、打ち切り後にリハビリ通院を継続する中で、徐々にでも症状がよくなっている、前月に比べて患部が楽になったという感触がある場合、診察時に医師に伝えるとよい。私が受任している場合、患者様がそのように訴えている場合、診断書やカルテに一言書き添えていただくよう医師にお願いすることもある。
治療の継続により改善の余地がある=未だ症状固定に至っていないことを記録化するためである。
症状固定後の通院と認定されたとしてもメリットはある
仮に、被害者の主張より早い時期に症状固定に至ったと認定された場合、被害者は、症状固定後の治療費を請求できず、その分が自己負担になる。
しかし、症状固定後の通院は、デメリットばかりではない。
症状固定後も神経症状が残存する場合、後遺障害の申請をすることになる。後遺障害14級が認定されるか非該当かの判断は、症状が連続・一貫しているか、相応に重い症状が常時残存しているか、という点がポイントになっている。(詳しい話はまたの機会に。)
症状固定後も一貫した症状を訴え、自費でリハビリを継続していることは、これらを肯定する事情であり、後遺障害の認定の可能性を高める。
これに対して、むちうち等のリハビリで健康保険を使用した場合、さほど治療費は高額にならないので、前記のメリットを考えれば、打ち切り後の治療費の一部が自己負担になるリスクはさほど深刻なものとはいえないのではないか。(金銭感覚が違うという批判があれば甘受する。)
保険会社の目線では、治療の打ち切りにより、被害者がしぶしぶ治療を終えてくれれば、治療費を削減できる上に、後遺障害の認定の可能性も抑えられる、という思惑である。
被害者としては、内払いにこだわってゴタゴタするよりも、粛々とやるべきことをやって、後遺障害申請に備えるのが得策であろう。私が受任している事件では、そのように助言して、自賠責への被害者請求の準備を進めている。