全損なので修理費全額は払えないという保険会社への対応法
交通事故に関する記事である。
車両の修理に多額の費用がかかるところ、保険会社から、時価額を超えているので、修理費用全額が出ないと言われた。
当事務所に来られる案件でも、上記の相談は多い。愛車をぐちゃぐちゃにされた挙句、元通りにもしてもらえないとは何事かと、相談者の不満がかなり大きい話である。
私の愛車を用いた事例
私は、バイクを始め車両の運転を趣味にしている。
今は、スズキ・バンディット1250S(2013年式)という大型自動二輪車に乗っている。かなりマイナーな車種だ。
不幸にも、10:0で相手に過失のある交通事故に遭い、修理費用に100万円かかるとしよう。(こんなことは起こってほしくはないが。)
このケース、保険会社は、経済的全損の事案であり、修理費全額の賠償はできないと主張してくるであろう。
バンディット1250Sは、新車時のメーカー小売価格が108万円と少しだそうだ。
そして、初年度登録から10年の車両で耐用年数が経過しているとして、保険会社は、新車価格の1割として、10.8万を時価額として提示してくる可能性が高い。
(さすがにもう少しマシな金額を提示してくるかもしれないが。)
今時、10.8万では50ccの原付ですら、程度のいい玉を買えるか怪しく、こんな提示をされたら、私でも相当腹が立つ。
経済的全損とは
ここで、経済的全損とは何かを確認しておこう。
経済的全損とは、「修理費が、車両時価額(消費税相当額を含む。)に買替諸費用を加えた金額を上回る場合」をいい、経済的全損の場合は、買替差額が認められ、下回る場合には修理費が認められる(2023版赤い本p258)。
いくら不満があろうとも、この考え方自体は法的なものだから仕方ない。
では、保険会社の主張する時価額を限度とした賠償で我慢しなければならないのか?
答えは、多くの場合、NOである。
反論のポイントは大きく2つ
保険会社の主張する時価額を超える賠償を受けるための、反論のポイントは大きく2つである。
時価額のアップ
1つ目は、時価額そのものがもっと高いと指摘することだ。
車両の時価は、原則として、「同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得しうるに要する価額」であって、定率法や定額法(事例のように、新車価格を基準として、経過年数に応じた割合を乗じる等の方法)による算定は例外とされている(最二小判昭49.4.15 民集28.3.385)。
保険会社の提示する時価額は、市場価格より低いことが多い。被害者が独自に中古車情報サイト等で市場価格を調べ、時価額はより高いと主張するのである。
私の愛車の場合、R5.7.16時点で、中古車サイト「goobike」でバンディット1250Sを検索すると、2台がヒットした。車両価格は、53万円(2007年式、2.3万km)と47.8万円(2008年式、3.9万km)である。
マイナー車である故に、市場の台数がわずか2台となると、評価が難しいところであるが、私だったら、2013年式の愛車は、この2台よりずっと年式が浅い上に走行距離がこの2台と大差がないことから、時価額は60万円を下らないと主張するだろう(悪くとも、2台のうち高い方の53万円は要求する)。
中古車が多く出回っている車種ならば、年式や走行距離、修復歴の有無、2WDor4WDといった検索条件を設定して、平均値や中央値を算出すればよい。
買替諸費用の上乗せ
もう1つは、算出した時価額に買替諸費用を上乗せすることだ。
経済的全損において、修理費と比較するのは、車両時価額と買替諸費用の合計である。
ところが、ほとんどのケースで、保険会社が提示してくるのは時価額のみで、被害者が指摘しない限り、買替諸費用を上乗せしてこない。
上乗せできる買替諸費用は、買替のため必要になった登録、車庫証明、廃車の法定の手数料相当分及びディーラー報酬部分のうち相当額並びに自動車取得税などがある。
他方、事故車両の自賠責保険料、新しく取得した車両の自動車税、自動車重量税、自賠責保険料は認められない(前掲・赤い本p264)。
参考に、去年私がバンディットを購入した際の見積書がこれである。
(バンディット1250Sは、大型にしてはかなりお買い得な優良マシンであり、ツーリング使用にはおすすめである。SSのような刺激を求める人には不向きだが。)
ここから買替諸費用を算出するならば、
登録手数料 2万2000円
中古車点検整備 3万3000円
G防犯登録 1100円
車検代行費用 1万3200円
ETC再セットアップ 2750円
テスタ・印紙代 4300円
の合計7万6350円は上乗せするよう求めるだろう。
私の主張する賠償額は、時価額60万+買替諸費用7万6350円=67万6350円であり、修理費100万円にだいぶ近づいた。
10万8000円などという保険会社の提示とは雲泥の差である。
なお、四輪ならば、これに加えて、9000円程度のリサイクル関係費用もほぼ必ず乗ってくる。
賠償額の上乗せは十分可能
経済的全損によって愛車の修理費が補填されないのは、被害者にとって腹立たしい話ではあるが、ちょっとした工夫で賠償額を上乗せすることは可能である。
時価額は、最初の保険会社の提示次第というところであるが、買替諸費用も併せると、どんなに少なくとも数万円ないし10数万円は上乗せが期待できる。賠償額は、修理費に近づく。
弁護士特約が付帯されている場合、少額の物損事案でも、費用負担を気にせず、弁護士に交渉を委任することができる。弁護士が介入する方が、自分で交渉するよりもスムーズに、保険会社が上乗せに応じる可能性が高くなるであろう。
私が受任した事件の物損の処理は、まず依頼者に買替車両の見積書を持ってきてもらって、請求できる買替諸費用を計算する。そして、「カーセンサー」で事故車と同種車両について、色々の検索条件を試しながら、地道に市場価格を調べる、という作業がルーティンになっている。