交通事故の示談交渉
交渉は、互いの利害が合致する点を探ることである。交通事故の示談交渉でも同じである※。
例えば、弁護士の受任前に、保険会社から提示があった賠償額が70とする。弁護士が資料を確認したところ、法的に適正な賠償額は100と判断した。そこで、受任通知と共に保険会社に100での和解を提示した場合を考える。保険会社の反応により、次のように交渉が進む。
1 保険会社が、訴外での早期解決を考慮して90を再提示してきたとする。これに対し当方が取り得る方法は、
・早期解決のための譲歩を前提として、95や98といった上乗せを要求する
・訴訟上等の姿勢で、あくまで100を要求する
等が考えられる。訴訟になれば、100どころか、弁護士費用や遅延損害金を考慮して110になる可能性がある。保険会社にとって交渉決裂は痛い。当方は、それなりに強気の姿勢に出れる。
2 他方、保険会社が、訴訟になった場合、訴外交渉では争点化していなかった点を争う可能性を示唆し、90を再提示したとする。当方が裁判例を調査したところ、保険会社の指摘する点が当方に不利に評価される可能性が相応に認められ、判決の見込みは、77~110と幅があるとしよう。訴訟前の90よりも有利にも不利にもなる可能性があり、かつ訴訟に時間と労力がかかることを考慮すると、1のような強気の姿勢には出れず、90で和解するのが得策とも考えられる。
3 当方依頼者に、適正な賠償を、それも早く受け取りたいというオーダーがあるときは苦労する。交渉決裂により訴訟になれば、解決まで半年~1年は見込まれ、事案によってはもっとかかることもある。早期解決のための譲歩というウィークポイントが生じてしまい、それを保険会社に悟られると、足元を見た提示がされる可能性もある。
私は、相談段階で、弁護士に頼む数少ないデメリットとして、解決までに時間がかかる可能性を指摘し、とにかく早く賠償金を受け取りたいというオーダーがある場合、私への依頼は向かないことを説明する。
※ 交渉学の基本的な話は、フィッシャー・ユーリー『ハーバード流交渉術』に書いてある。
※ 保険会社の内部の決裁の問題や、担当者に知識や能力、知性がない場合、当事者の一方又は双方が感情論に終始する場合など、論理的なところ以外の部分で交渉がまとまらないことはある。そのような場合は、早々に交渉を切り上げ、訴訟やADRに持ち込む。