弁護士コラム

想像力

凄惨な殺人事件が発生した。
被害者に落ち度がないストーカー殺人で、犯人の動機も身勝手で酌むべき点は全くない。
裁判で、犯人には懲役18年の刑が言い渡されたとしよう。

この事件をきっかけに、「殺人罪の刑が軽すぎて被害者が浮かばれない」「人を殺すなんて怪しからん」「殺人罪の法定刑を無期懲役以上に改正せよ」という世論が形成されたとする。
刑法199条の殺人罪の法定刑は、現行法で死刑又は無期若しくは5年以上の有期懲役である。
これを、死刑又は無期懲役に改正すべきだろうか。

答えはNO(私見)である。色々突っ込みどころはあるが、特に大きな理由は以下のとおり。

現在、介護疲れによる殺人で、犯人に特に酌むべきがある事案は、懲役3年に減軽された上で執行猶予が付くケースが少なくない。

しばしば報道されるが、これに異を唱えて、執行猶予ではなく実刑にせよという意見はあまり見ず、世論はかなり同情的である。
殺人罪の法定刑を死刑又は無期懲役にしてしまうと、このような介護疲れによる殺人でどれだけ犯人に酌むべき点があろうと、懲役3年6月までしか減軽できず、法律上執行猶予を付けられなくなる。
すなわち、3年6月は必ず刑務所に行かなければならない。

これは、殺人罪を無期懲役以上にしろと主張する世論の本意ではないだろう。

挙げた例の何が問題かというと、ストーカー殺人が怪しからんからもっと重く処罰しろといって採った手段(殺人罪の厳罰化)によって、規制すべきでないもの(介護疲れによる殺人)まで法の網にかかってしまい、予期せぬ効果(介護疲れによる殺人で執行猶予が付かなくなる)を生み出すという点である。

「人を殺した奴なぞ一生刑務所に入れておけ」などというのは、居酒屋での戯言くらいなら勝手だが、立法論の意見として、真面目に世に訴えるなら、それをするとどういうことが起きるのか、もう少し想像力を働かせてくれ、といいたくなる。